第119回

大阪市平野
杭全神社
夏祭り 








 

'12/07/13

 

仕事帰りに平野の杭全(くまた)神社へだんじりを見に来ました。

平野のだんじりは毎年7/12〜13、
お祭自体は7/11〜14で11日と14日は神輿と布団太鼓が出ます。

13日はだんじりのクライマックス宮入で、
19時過ぎから23時頃までかけて全9台のだんじりが宮入。
翌日1時ごろから帰町していきます。

そこまで見るわけにもいかないので少しだけ。

杭全神社の創建は蝦夷討伐を行った坂上田村麻呂の孫、
坂上当道が貞観4年(862年)にこの地に素盞嗚尊を祀ったのが始まりというのでかなり古い神社です。

杭全神社拝殿ではお神楽中でした。

平野の街は昔は環濠自治都市、
つまり濠で囲われた中で商人等の有力者が自治していました。
(堺も同様の都市だった)
一番上の写真が江戸時代の地図、
濠の外側とは13個の門があり木戸が設けられていました。

しかし豊臣秀吉によって有力商人は移住させられ(現在の大阪市中央区平野町のあたり)濠も埋められましたが、
大阪の陣の時に平野の有力者が徳川方についたため環濠も再度掘り直された。

現在は環濠はほとんど残っていないが、
杭全神社裏に少しだけ遺構が残っています。

神社内に布団太鼓。
9つの町が交代で担ぎます。
今年は野堂南組、宮入一番手です。

野堂南組

平成15年新調。

大工:大下 孝治師
彫師:木下 賢治師

ちょうど宮入が始まるところでした。
杭全神社の鳥居前でだんじりが行ったり来たり、
最後に勢いつけて鳥居をくぐっていきます。

この時間国道25号線は完全封鎖。 

野堂東組

平成9年新調。

大工:川井 正勝師
彫師:井波 
   松本彫刻 他

順番待ち中の2番手野堂東組です。

馬場組

明治12年新調。

東組が宮入に行き3番手馬場組が待機場所へ。

とても古いだんじりです。

泥堂組

大正9年新調。

大工:川崎 宗吉師(大佐12代目)
   川崎 佐太郎師
彫師:赤金 由松師

さらに南のほうへ歩いていくと泥堂組が前へ進んできました。
  西脇組

安政3年新調。

大工:堺・木村一門
彫師:服部 清七師

平野の商店街を越え、
さらに南のほうへ歩いていくと西脇組が待機中。
まだ宮入まで時間があるようでした。
江戸後期、とても古いだんじりです。

これらの他にも
野堂北組、流組、背戸口組、市組のだんじりがあります。

が、この後他のだんじりが見つからなかったので帰りました。


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