第135回

和歌山県
橋本市
学文路地区
祭禮
(宵宮)








 
'12/10/27

 

再び橋本市です。
学文路地区の祭礼を見に行きました。
学文路地区という呼び方が
正しいかわかりませんが 
学文路天満宮のお祭ということで
このページでは勝手に呼ぶことにします。

まずは南海高野線学文路駅前で
休憩中の学文路の地車に遭遇。

一度車で前を通った時は
南馬場の地車もいたんですが
車を置いて戻ってきたら
南馬場の地車は出発していました。

後旗町名旗は表側は町名「学文路」、
裏側は「五穀豊穣」です。

学文路の地車は
明治20年に岸和田市積川町(積川西)で新調。

大工、彫師ともに不明です。

積川の新調にともない、
平成2年堺市神石市之町へ、
その後平成7年に橋本市小原田、
平成23年に学文路へ。

懸魚は特徴あり、
同じ橋本市の原田地車(橋室 : 積川東先代地車)に
よく似ています。

小屋根の組み物に特徴があり、
枡合がありません。

古い地車ゆえ、
腰周りは縁葛、連子、土呂幕の3段。 

見送りは巌流島?
見送りには珍しい彫り物です。
宮本武蔵が上から吊られています。

資料を見るとこの地車の見送りは関ヶ原の戦い、
いつ変わったのか? 

学文路の駅前に立派な地車庫があります。
奥には昔使ってた?山車があります。

学文路の駅はレトロ感満載です。

この後移動しました。
この地区は範囲が広いのに地車3台なので
探すのが大変です。

途中寄り道して学文路天満宮に寄ってみました。
神社は正面の階段を登ったところです、
地車宮入の際は右側の道を上がって行くようです。
結構な急坂です。

学文路天満宮は立派な社殿です。
学問の神様ということで受験シーズンには
人気が高い神社です。

南馬場の地車庫はこの神社横にあります。

神社の階段上からの景色。
見えにくいですが紀ノ川沿いの平野が
眼下に広がります。

地車が上がってくる道はこんなの。
狭い上に急勾配!
地車が小さいといえど大変です。

南馬場の地車は毎回この道を上り下りするのか・・・

参道もこの狭さ!
今以上の大きさの地車は入りません。

それにしても雰囲気のいい道です。

学文路天満宮から下って、
学文路地区公民館のところで南馬場の地車に遭遇。 

この地車は町内地車です。
平成2年に同市妻が新調。
平成15年に同市北馬場で曳かれ、
平成22年に南馬場へ。

子供主体のお祭です。

同じ地区の学文路、清水が
この数年の間に岸和田型地車を購入しています。
南馬場もそのうちもっと大きな地車を、
となるかもしれません。

清水の地車が見つからないので
あきらめて帰ろうとしたら紀ノ川沿いで発見。

後の鉄橋には高野線の特急こうや号が。

この地車は
昭和63年高石市東羽衣13区新調。
大工:池内福冶郎
彫師:西澤大美

彫物は東羽衣先代の花車の欄間も流用されています。

懸魚の両脇に菊紋の金具、あまり見ません。
その下に房を吊る金具もあります、
今日は房なし。

彫り物や組み物の彫刻は少ないですが、
屋根や懸魚は立派です。

この後走っていきました。
その後車で通ると道にやり回ししたような跡が!

夕方には3台の地車が
清水のローソンに集まるらしいのですが
ここまで見て帰宅しました。 

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