第141回

流木町
新調地車
入魂式


 
  
'13/09/01

 

流木町の新調地車入魂式です。

朝3:30頃、大下工務店では
もう新地車の姿が。

大工:大下孝治師
彫刻:木下健司師

塔原線へやりまわし気味に
曲がります。


東岸和田駅方面へ。
後旗は紺色です。

流木の町内方面へ向かいます。
ここで先回り。

矢代寸神社にやってきました。
入り口は止めまわし。 

阿間河瀧町地車の前を通って
神社へ入ります。

入魂神事が始まります。

番号持ちは応神天皇を抱く武内宿禰。

屋根は切妻
正面枡合は天岩戸です。


正面土呂幕は珍しく、
「承平天慶ノ乱 藤原純友」。

承平天慶ノ乱では
平将門は彫物になっていますが、
藤原純友は初めて見ました。

彫り物自体は健司師の祖父、
舜次郎師が彫った中之浜町正面土呂幕
平将門を彷彿とさせます。

勾欄には昔話が彫られています。
写真は2つだけ。
家に飾りたいです。 

見送りも珍しく「紀州征伐」。
砦で戦っているのは僧兵です。

紀州征伐とは、
織田信長や豊臣秀吉が紀州を攻めた戦いのこと。
当時の紀州は雑賀や根来寺など
地侍や寺社勢力が独立勢力を持っていました。
中央政権に対する反政府勢力だった紀州を
何度も征伐しています。

彫り物は秀吉の征伐です。
流木には秀吉側最前線基地の落合城があり、
(現在の墓地付近の山)
根来・雑賀衆の篭る中村城・沢城・窪田城・
積善寺城・千石堀城(全て貝塚市)などを攻略しました。

竹の節は獅子。

土呂幕左面は倶梨伽羅峠の戦い、
火牛の計です。

ここまで見て堀へ向かいました。

流木町の皆さんおめでとうございます。

他町を追う

この日、東岸和田地区全10町は地車を出しました。
阿間河瀧や土生瀧といった遠いところからも地車が出て、祭のようでした。
まさかこんな許可が下りようとは!

阿間河瀧町

流木町地車が町内へ向かったのを見て
暗い中山の中を自転車で走り阿間河瀧町へ。

地車庫前に集合していました。

 

阿間河瀧町

一度町内を奥に向かった後
塔原線へ出たようです。

 

土生瀧町

塔原線を下がります。
このあと有真香農協を曲がって
真上・八田の村中を進み矢代寸神社へ向かいます。

 

八田町

八田町が神社参道で待機中。

 

土生瀧町

矢代寸神社を過ぎ、脇道へ入って待機。

 

真上町

真上町も矢代寸神社方面へ。

 

真上町

曳き出しみたいな光景です。

 

真上町

塔原線へ出てきました。

 

真上町
八田町

塔原線に2台並んで待機。

 

阿間河瀧町

神社参道横で待機。

 

葛城町

ヤオエ前のコインランドリー駐車場で待機中。

 

神須屋町

ヤオエ駐車場では神須屋町が待機しています。

 

土生町

土生町は駅前ロータリーまで出てきています。

作才町も駅前へきてたらしいのですが
この時間ではまだでした。

畑町・極楽寺町も地車を出していたらしいですが
見ることができず。
残念です。

戻る